かくて乙女は沼に眠りぬ

ハッピー沼底ライフ 

読書感想文 群青の夜の羽毛布

 

 



この本は何ヶ月か前、次に読む本を探していたとき、タイトルに惹かれて購入した。

群青の夜の羽毛布、という語呂の良さと、静かで優しい雰囲気が気に入った。柔らかな絵柄の表紙も可愛らしい。

内容に関しては、まあ山本文緒の作品なら面白いだろうという信頼感もあって、サラッとしか確認しなかった。

 

 

 

読み終えた今、少女の手に心臓を握られているような、静かな恐怖と嫌悪感、やるせなさ、同情、ほんの少しの愛しさといった、なんともいえない複雑な気持ちに満たされている。

 

読み始める前、群青の夜に包まる羽毛布は、安心や優しさのイメージだった。

しかし今は、依存や逃避、いつまでも脱却できない幸せな過去の象徴のように思える。

悪い意味での、ライナスの毛布だ。

 

以下、裏表紙の作品紹介。

 

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24歳になっても、さとるの門限は夜10時だ。学校教師の母には逆らえない。スーパーで知り合った大学生・鉄男と付き合い始めても、さとるは母を恐れていた。屈託のない笑顔、女性に不自由したことのない鉄男は、少し神経質なさとるに夢中だった。だが、さとるは次第に追い詰められていく。家族が恋を、踏みつけるーーー。このまま一生、私はこの家で母と暮らすのだろうか。さとるの家で鉄男が見たものはーーー。

息詰まる母子関係を描く。

 

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家族というのは実に変態的な集団である、と誰かが言っていた。私はその言葉に大いに共感する。

 

愛や血の繋がりという、輪郭が不確かでありながらも絶対的な関係を持つ、閉鎖されたコミュニティ。

その中に存在する様々なルール、独特の習慣、力関係。体に染み込む「当たり前」が培われていく空間。「他所の家のこと」という壁は何より高く、他人の介入する余地はない。

 

 

この物語に登場する「毬谷一家」もまた、閉鎖された家族というコミュニティの中で、支配し、支配され、愛と憎悪を募らせながら静かに暮らしていた。

 

そこに、長女の恋人という外部の人間が介入することで、少しずつ家族の闇が暴かれていく。

 

 

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毬谷一家の大黒柱は、教師である母親だ。

学校と塾の教師を掛け持ちしていて、毬谷家の財政を支えている。成人している娘たちに門限を設けていたり、食事中の会話を禁じていたりと躾に厳しく、冷たい威圧感のある、しかし美しい女性である。

 

そして二人の姉妹。

姉のさとるは、対人関係に難があるため外で働くことができず、家事手伝いをしている24歳。やや神経質で大人しく、儚げで、ミステリアスな雰囲気を持つ。厳しく支配的な母に怯えながらも依存しており、家族という檻に安堵すらしているように見える。

 

妹のみつるは、さとると対照的に気が強く、母に対しても反抗的だ。家族の在り方に不満を持ち、家を出ることを望んでいるが、やはりどこか家族に縛られている節がある。

 

父のことは割愛する。

割愛せざるを得ない。

 

そして、毬谷一家という凪いで腐敗しつつある水面に投じられた一石、それがさとるの恋人である鉄男だ。

鉄男は至って普通の、どこにでもいそうな大学生。友人も多く、女性に困ったこともない。単純で、それなりに優しく、それなりに軽率で、さとるの異質さや重さに尻込みしつつも彼女を愛し思いやっている。特別優しすぎたりも賢すぎたりもしない、ごく普通の男の子だ。

 

彼は毬谷家と関わっていくうちに、その歪な関係と、彼らの秘密を目の当たりにする。

 

 

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家族とはなんだろう。

愛情とはなんだろう。

そういうことを考えさせてくれる作品だった。

 

支配的な母。自分では何も決められない娘。

抱えた秘密と罪悪感。崩壊していく家族。

どこを間違えたのか。何が狂っていて、どこが壊れていて、誰が悪かったのか。

 

普通の家族なんてものは、果たして存在するのか。

 

 

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内容的には、最後に起きる事件以外は至って淡々とした日常のシーンが続く。さとると鉄男がデートをしていたり、毬谷家で夕食を食べたり。

それなのに、読み進めていくうちに、なんとも言えない息苦しさを覚える。さとるたちが当たり前にしているちょっとした行動、発言の片隅に、不穏な気配が漂い続けているせいだろうと思う。

 

 

物語の最後に、毬谷家が崩壊する象徴のような事件が起きる。その時のとある人物のとある言葉に、私は涙が出た。

家族なんだと思った。

歪でも、憎くても、彼らは家族だった。そう感じさせてくれる言葉だった。

 

このシーンは、色んな人に読んで欲しいなと思う。

どんなふうに感じたか、人の意見を聞いてみたい。

 

 

この作品のひとつの特徴として、章の始まりに毎回、何者かが相手を「先生」と呼びながら、自分の思いを語っているシーンが入る。

カウンセリングを受けている患者、といった雰囲気の独白だ。

それが誰のものなのか、想像しながら読み進めると楽しいと思う。ちなみに全て同一人物だ。

 

最後の章に辿り着く頃、きっともう一度遡って全て読み返したくなるだろう。

少なくとも、私はそうだった。

 

 

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山本文緒の作品は、短編集であるシュガーレスラヴが特に気に入っていて、学生の頃から何度も読み返している。

彼女が描く女性の姿が、私はたまらなく好きだ。ドロっと淀んでいるのに、不思議な瑞々しさがある。

 

群青の夜の羽毛布は中編小説(というのかわからないけど)な上に話がズシっとくるので、読み返すには適してないが、心に残る良い作品だった。

たぶん今後も大切に保管する一冊だろう。

 

 

調べてみたところ、20年近く前に映画化されているらしい。

ていうか2002年が20年前なことに戦慄している。

 

Amazonプライムビデオで観られるようなので、暇な時にでも観てみたいと思う。

しかし元気な時でなければ厳しいだろう。

文章でこれだけの破壊力なのだから、映像化したらもっと重い気がする。

 

 

今は腸炎なので、とにかくこの記事を書き終えたら、白湯の一杯でも飲んで、次に読む本のことでも考えながら大人しく寝ることにしよう。